「神の小羊」ヨハネ1:29−42

「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。」

○罪の重荷を少しでも軽くするため、ユダヤ人たちは律法を熱心に守りました。しかしイエス様は「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11:28)とおっしゃいました。バプテスマのヨハネは、イエス様を「世の罪を取り除く、神の小羊」と紹介しました。罪を取り除くことができるのはただ一人、イエス様だけです。それは、過越のいけにえの小羊です(出12:3−13,イザヤ53:7,12)。あえて十字架の傷だけは残されたまま天に昇られたイエス様が、今も十字架の御傷で天の父にとりなしておられるのです(黙5:6)。

○神の小羊は、私たちの罪を負って十字架の上に死なれました。私たちの罪は既にイエス様の上にあって私たちの上にはないのです。神の小羊であるイエス様が罪を取り除いてくださったのです。もちろん罪は残っていますが主はそれをも赦してくださるのです。信仰とは、罪が取り除かれた事実に生きることです(ヨハネ13:10)。

○イエス様はヨハネの二人の弟子に「来て、そして見なさい」と言われました。私たちが見るべきは、罪を取り除く神の小羊です(ヘブル 12:1,2,コロサイ3:1,2)。弟子たちもついて行ってわかったのです。それは、イエス様がメシヤ(キリスト、救い主)であることです。そしてアンデレはシモンをイエス様のもとに連れて行きました。私たちがイエス様によって重荷を取り除かれたあと、負うべきイエス様のくびきは軽いのです(マタイ11:29,30)。私たちも疑う人には「来て、そして見なさい」と、この礼拝、この教会におられる主を証ししましょう。