「諸国の民の光」使徒13: 42-52

「わたしはあなたを立てて、異邦人の光とした。あなたが地の果てまでも救いをもたらすためである。」(使徒13:47)

○ピシデヤのアンテオケでパウロは、イエス様の十字架と復活による福音を語り「いつまでも神の恵みにとどまっているように」勧めました(30,33,34,37,39,43)。パウロはいつも人々の目を自分にではなく、神である主に向けさせます(14:15,16,1コリント1:13,3:5−7)。しかし、ただ恵みのみ、が難しいのです(ゼカリヤ4:6−7,9,詩篇118:22,マタイ21:42,使徒4:10-12)。そして、救われたクリスチャンが「神に栄光のみ」という信仰によって生きる時にこそ、その信仰が生きたものとなるのです(ヤコブ2:14,17,2:18,22,23,26)。

○神のことばが生きて働かれるとき、すばらしい御業がなされます。ところが、ユダヤ人たちが「ねたみ」から、パウロの話に反対して、口ぎたなくののしりました。しかし、福音は、どのような反対によっても邪魔されず、かえってどんな大きな反対でさえも、福音の前進に役立ちました(ピリピ2:12,13,14,15−18)。

○パウロとバルナバは「私たちは、これからは異邦人の方へ向かいます」と宣言し、異邦人たちが救われ出しました(13:46,48,1コリント10:13)。こうして設立されたピシデヤのアンテオケ教会は、ただ主がなされた御業です。それが、主の選びと救いの力です。被造物全体に主の救いを伝える時私たちも諸国の民の光とされるのです。

○ご聖霊が働かれる時、そこに喜びが満ち溢れます。私たちがどう祈って良いかわからない時でさえ、ご聖霊は「私たちのためにとりなしてくださいます」(ローマ8:26)。ご聖霊にご支配していただき、常に喜びと聖霊に満たされ、人々に福音を伝えていきましょう。