BLOG

教会のブログとお知らせ。

  1. HOME
  2. ブログ
  3. 主日説教
  4. 2026年2月8日説教「地の塩 世の光」マタイ5:13−20

2026年2月8日説教「地の塩 世の光」マタイ5:13−20

「人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためです。」(マタイ5:16)

◯私たちは、イエス様に捕えられ、イエス様を信じることによって、天の御国を待ち望む者とされました。それは、天の御国に足をつけつつ、今、生かされている「この地」や「この世」に使命を持って遣わされているということです。

◯「私たち」は人々との関係の中で、塩や光のように、他の人たちへ働きかけて存在する時に意味を持ちます。イエス様が十字架で血を流されて死なれたのは、この世のためでした。私たちのために全てを捧げてくださったのは、私たちがこの世で奉仕して生きるためでした(ピリピ1:24)。私たちの小さな、からし種一粒ほどの信仰(17:20)が必要です。イエス様こそが、まずまことの「地の塩」です。私たちが塩気をなくすということは、イエス様を失い信仰を失うということです。また、イエス様こそがまことの光です(8:11)。私たちの光はその光を反射しているだけにすぎません。その光は「人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるため」に存在しています。

◯イエス様は十字架の愛という全く新しい方法によって救いをもたらそうとされました(2コリント5:17、18)。この愛は「新しい命令」(1ヨハネ2:8)でイエス様が成就されました(ローマ13:8、10)。さらに良い行いの意味を根本的に変えて山上の説教にまとめられました。信仰によってイエス様に接木された人には感謝と喜びという実が結ばれ(7:17)、ただ主をほめたたえます(5:16)。イエス様が来られたのは、私たちに主の愛の御心を行わせるためです(2コリント3:6)。すべての良い業はイエス様の愛から出て来ます。ですから、この愛の主を大きくする行いが「律法学者やパリサイ人の義にまさって」いる義です(ガラテヤ6:14、ローマ6:4、6)。その義の本質が愛です。本当の良い行いは人を良く見せようとします(1ヨハネ 4:20、21)。この古くて新しい命令こそが愛でありそこに神の義があります。人々が私たちを見て父をあがめるようになるよう、この主の愛に生かされましょう。

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事