2024年11月3日「二人の証人」黙示録11:1-14
「彼らは地を治める主の御前に立っている二本のオリーブの木、また二つの燭台である。」(黙示録11:4)
◯黙示録ではイエス様が再臨されるときには「裁き主」として来られて敵を打ち砕くという預言が多いのですが敵対していた国々も主の憐れみによって改心し、恵みによって神の国に入れられるということも預言されています(1:7、11:13、21:23−24、イザヤ19)。そのように旧約の預言がすべて成就し主の救いのご計画が実現するのです。
◯エルサレム神殿はAD.
70、ローマ軍によって破壊されていますので黙示録が書かれたAD.90年代にはもうありません。従って神殿を測ることは象徴的で霊的な意味を持っています。
◯イエス様がこの地上に来られた時から、終わりの日は来ているのです。その苦難の中を生きる教会を励ますために黙示録は書かれました。そのような終わりの時、神の民である教会も揺るがない主の御手の守りの中にありますが、迫害を受け殉教する者もあります。教会は踏みにじられたかのような試練を受けますが、その中でも主の守りは完全なのです。そして、「二人の証人」は教会であり(1:20)、油は聖霊です(1ヨハネ2:20、27)。教会は闇に輝く余の光としてキリストの真理を証言し続けます。しかし、彼らがその務めを全うしますと「獣」によって殺され殉教者となりますが、「三日半の後」神からのいのちの息によって「彼らは自分たちの足で立」ち(エゼキエル37:1−14)、雲に包まれて天に上ったのです(2列王2:11、使徒1:9)。
◯7000人は裁かれて死ぬのですが、まだ十分の九の63,000人が残されています。しかも彼らは「恐れを抱き、天の神に栄光を帰した」のです。彼らが悔い改めたのは、二人の証人の殉教による証言によってです。「主は、だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです」(2ペテロ3:9)。
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